ファンタスティック映画主婦

専業主婦の専業主婦による専業主婦のためにはならない映画ブログ。考察などとは無縁の感想文は基本ネタバレ。独断と偏見による☆採点 満点は★5

okja/オクジャーー家畜か家族か?食料か動物か?★★★★(4.0)

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あらすじ

 山あいの集落に祖父と住んでいるミジャ(アン・ソヒョン)は、豚のようなカバのような大きな動物「スーパーピッグ」のオクジャを世話しながら幸せに暮らしていた。ある日、巨大企業ミランド社により、オクジャが連れていかれる。CEOのルーシー(ティルダ・スウィントン)がオクジャを利用して「スーパーピッグ」を大々的に売り出そうとしているのだ。オクジャを家族であり友人と思っているミジャは、オクジャを連れ戻すためニューヨークへ向かうが…。

 

 

 

 カンヌ国際映画祭でも話題となったNetflixオリジナル作品です。監督は『グエムル 漢江の怪物』のポン・ジュノ、出演に我らがティルダ様ことティルダ・スウィントンジェイク・ギレンホール。主人公ミジャを演じたのは期待の子役アン・ソヒョン。

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メイクしてる姿もかわいいじゃないか…!!

 このミジャ役のソヒョンちゃんがね、絵に描いたような田舎の娘っ子ぶりが超かわいくてね、我が子を見るような気持ちで観てしまいました。なんていうのかな、美少女!って感じではないのだけれど、素朴で親近感があって、表情がすごくいいの。むくれた顔がまたかわいいっ!

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走る、飛ぶ、体当たる!と、結構体を張っております。

 

 そしてそして、何よりも本作の主役、オクジャ!!

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 何これちょうかわいいんだけど。ずんぐりむっくりした胴体につぶらな瞳、極め付けの垂れ耳!こういうブサカワな生きものに目がないわたしは、予告を見てオクジャの造形に惚れて以来、ずっとずっと本作を楽しみにしていたのです。

 もちろんVFXで作られた架空の生物なわけですが、たぷんとした肉の動き、象に似た肌質など細部まで形作られており、まるで本当にそこにいるかのようなリアルさ。また、オクジャは知能も高く温和で従順、ミジャのためにその巨体を揺らして奮闘する姿はまるで忠犬。本作の魅力の一つは間違いなくこのオクジャの「愛くるしさ」にあると思います。

 ミジャとオクジャのツーショットはほんと愛らしくて、癒されます。序盤の二人(一人と一匹)が森で仲睦まじくじゃれ合う姿はずっと観ていたかったです。わたしもオクジャのお腹の上で寝てみたい!! 

 

 さて、そんな二人(一人と一匹)は、かたや大企業、かたや過激派動物愛護団体と、大人たちの思惑に翻弄され、引き離されることとなります…。果たして、少女は大切な友達を救い出すことができるのか?そして「スーパーピッグ」の隠された秘密とは…?

 

 エンタメとしても、ミジャの冒険活劇にハラハラ、アクションも見所あり、ポンジュノ監督らしい、ユーモアと皮肉溢れる語り口で人間のエゴにも切り込んだ、なかなかの怪作です。

 本作のためにNetflixに加入しても損はない!と言い切れますので、未加入の方はこの機会に是非!!

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以下ネタバレあり〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魅力的なキャラクターと冒険活劇に血湧き肉躍る!でも、それだけじゃない。 

 前述しましたが、ミジャ役のソヒョンちゃん、かなり体を張ってアクションこなしてます。崖から宙吊り(ここはCGでしょうが)、トラックの屋根に飛び乗る、ガラスに体当たりする、そしてとにかく、オクジャを追って走る走る。女の子がこれだけ必死になってれば、感情移入しちゃうのも必至。「頑張れミジャ!」と応援したくなります。

 そして、ティルダ様のルーシーは悪役なのに、何故か憎めないキャラクター。というのも、彼女には姉がいて、強いコンプレックスを抱えているようなんですね。自己顕示欲と承認欲求の塊。「君はすごい!」って親きょうだいに言ってもらいたかっただけなのかな…なんて思うとちょっと同情してしまったり。

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できれば矯正歯はずっと付けてて欲しかったです。

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このピンクのチマチョゴリ姿もかわいかった…これで56歳とか信じられないよな…。

 

 ミジャは連れ去られたオクジャを追って山奥からソウルへ。はじめての大都会で、大捕物を繰り広げて大暴れ。オクジャを連れてダイソーを逃げ回るシーンはハチャメチャでとても愉快でした。

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ミジャがオクジャの背に乗るトンネルのシーンは激アツでした。

 そんないかにもエンタメらしい演出が続く中、オクジャが連れていかれた研究施設の禍々しさ(異様な姿形のスーパーピッグたち)とそこでの痛々しい仕打ち(無理やりの交尾…ってオクジャ、メスだったのね)を見せて、いきなり重たいボディーブローをかましてきます。そう、この映画は、ただの面白楽しい冒険譚ではなかったのだと気付かされるのです。

 

  

それぞれの立場のエゴイズム

 オクジャ=「スーパーピッグ」は、中盤でミランド社のルーシーが遺伝子操作によって作り出した遺伝子組み換え生物であることが判明します。そしてその研究施設では非倫理的な実験や動物への虐待が行われていたことが明らかとなるのです。

 

 ルーシーの「食糧難をなくしたい」という志しも「会社を大きくしたい」と言うも、決して悪いことではないし、それだけなら批判する人はいないだろうと思います。ただしそのために動物が傷つけられているとなれば、眉をひそめてしまうのもまた、人間のエゴというもの。

 あらゆる生き物は尊重されるべきというのは建前で、実際には研究実験のためにマウスは日々死んでいき、フォアグラのためにガチョウはひたすらエサを流し込まれる。

 人間の私利私欲と動物愛護というもともと相反するものを内包しながら、わたしたち人間の生活はあらゆる動植物の犠牲の上で成り立っているのです。

 

 それをただ否定するのは単なる偽善です。本作に登場する過激派動物愛護団体「ALF(動物解放戦線)」 の掲げる正義が薄っぺらく、目的がひどく陳腐に思えるのはそのためです(覆面で犬にミルクを与える滑稽さよ…)。結果としてALFは、浅はかなエゴイズムのためにオクジャを救うどころかミジャまでも危険にさらし、誰一人守ることはできませんでした(しかし、彼らの「闘い」は今後も続くようです…)。

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ポール・ダノ演じるリーダー率いるALF。国際的な組織らしく、構成員の人種も様々(日本人もいたみたい) 動物には優しいが、規則違反の仲間にはキビシイ…

 

 一方のミジャの信念は実にはっきりしている。「家族であるオクジャと一緒に暮らしたい」。経済的理由でも偽善的大義名分でもなく、純粋なその思い。彼女は他の動物や家畜などは言ってしまえばどうでもいい。端的に言えばオクジャさえ助かればそれでいいのです。そしてそれも彼女のエゴなのです。

 家畜は生産者にとって、家族であり友人であり、文字通り生活の糧でもあります。当たり前ですが「売るため・食べるため」に育てているわけです。それが家畜の運命であり、畜産家の常識です。本作の、オクジャ「スーパーピッグ」は家畜であり、人間の食料として作られました。その前提で見るとミジャの行動は身勝手であり、子どものわがままとも思えます。畜産家の常識から逸脱しています。しかし、もともと家畜ではなく家族として受け入れていた場合、それを食べると言う行為こそ異常なわけです。ペット用ミニブタを食用として育てる人はいないのだから。ミジャにとって、オクジャは家畜でも食料でもないのです。

 けれども終盤、ミジャは自身のその考えがいかに利己的であったかを思い知らされる。ミジャはオクジャを連れて屠殺場から出て行くことができますが、囲いの中には大勢のスーパーピッグがおり…それはまさに地獄絵図=ディストピアの様相…。

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みんな肉になるのです。

 

 そこへ死期を察知した親ピッグの手により、一匹の子ピッグが囲いから押し出されます。とっさにその子ピッグを隠して連れ帰るミジャ。彼女に全てのスーパーピッグは救えないし、人間の欲望を止めることはできない。けれども、目の前にある命は救いたい…。そんな少女の健気な思いは、大人たちのエゴにまみれた考えなどよりもよっぽど健全に思えるのです。

 

 

家族という理想郷

 とここまで書くと、じゃあ肉食の是非を問うとか過剰な動物愛護を謳うような社会派な映画なのかと言うとそんなことでは全くなくて。やはり『グエムル』のポンジュノ、非常によくわかってらっしゃる。あくまでもこの映画はエンターテイメントです。

 それから本作はおそらく、グエムルのセルフアンサーなのではないかと思うのです。

 奪われたものを取り返す、または強者に弱者が抗う、という構造的に近いこともさることながら、そこここにセルフオマージュと思しきシーンが点在しております。暴れ逃げるオクジャを見て人々がパニックとなるシーンやジプシー調のとぼけたBGMに乗せて駐車場から逃亡するシーンなど、「わざと」寄せてきたのかな?と思ってしまいました。

 またラストシーンもよく似ていて、どちらも全てが終わった後に我が家で家族が食卓を囲んでいるのですが、グエムルでは夕飯で物悲しい終わり方だったのに対し、本作では明るくほのぼのとした雰囲気で終わっていたのが印象的でした。グエムルでは救えなかった命があったものを、本作ではあえて救っているのも大きな違いです。

 弱者が権力や強大な財力に抗った所で、社会や世界が大きく変わるわけではない。豚は食料として屠殺され続けるだろうし、人間は肉を食べ続ける。でも、彼らの住む世界は変わらずに家族団欒=理想郷(ユートピア)であって欲しい…そんな監督の願いが込められているのかな、などと深読みしてしまいました。

 

 

 

 そんなわけで、楽しみに待っていた甲斐があり、ポンジュノ監督の期待を裏切らないクオリティに大満足でした!Netflix作品のため映画館で観ることができないのが残念なほどの良作なのですが…これほどの作品なのに、映画館でかからないことについて、作り手の方はどう思っているのかなぁ?と少し気になるところではあります。