ファンタスティック映画主婦

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狂覗(きょうし)ーー 教室という無間地獄の中で ★★★☆(3.5)

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あらすじ

 ある中学校で教師への暴行事件が発生する。しかしその教師が盗撮サイトの管理人だったため、学校側は不祥事の隠蔽を図る。暴行事件の犯人が生徒なのではないかと考えた教師らは、秘密裏に生徒の荷物検査が行うことにする。かつて教え子を死に追いやったトラウマを抱える谷野、谷野の恩師である森ら5人の教師が荷物検査を進めていくと、思いもよらなかった生徒たちの裏の顔が明らかとなっていく。そしてそれは、教師たちが抱える偽善、欺瞞、保身、責任転嫁を浮き彫りにし、やがて狂気の結末を迎える…。

 

 

 

 

 

 ちょっと前に話題になっており気になっていた映画です。これはね、かなり面白かったです。ここにきて今年のダークホースに出会ってしまった。

 

 原案は宮沢章夫の戯曲『14歳の国』で、「生徒がいない間に荷物検査をする」という設定を拝借しているそうです。

 

14歳の国

14歳の国

 

 こちらの戯曲は割と笑いの要素もあるらしいんですが、映画はほぼガチなホラーテイストです。

「教室で秘密裏に荷物検査をする教師たち」という密室の中で繰り広げられる人間模様は多分に演劇チックではありますが、時々挟まれる回想(あるいは幻覚?)シーンなどの切り返しや入れ方(色調が変化したり)が巧く、視覚的な面白さもしっかりとあります。冒頭の、暴行された教師が校長室で発見されるシーンからもう、なんていうのかな、キャー!って言うよりは、うーわまじか!って感じ。(伝わる?)

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このシーンは心理的にぞくぞくっとさせられました。 

 確かに、低予算邦画の体なのは否めません。役者の演技が若干オーバー気味に感じる部分もあったし、映像の粗さも気にはなります(聞けば20年前の機材と設備を使って撮影したのだとか…)。しかし、二転三転するストーリー、不気味で不穏なカットの連続で、映像の粗さもむしろ味です。特に謳われている「衝撃のラスト」は伊達ではないです。いやほんと、「えっ!ここで終わるのん!?」という衝撃では今年1番だと思いました。

 

 この映画は俳優がスタッフも兼務する「CFA」という制作チーム(ホーム - cfa-p ページ!)によって作られてまして、出演者の皆さんも、プロデューサーや特殊メイク、果ては昆虫担当(楽しそうな響きに聞こえるけど…今作でこの担当は絶対イヤ!)まで出演している俳優さんがこなしているそうです。しかも、4日間で順撮り(台本通りに撮影する)という苛酷なスケジュール。映画撮影のことはよくわからないですが、とにかく大変だったろうな、というのは想像できます。

 映画の中で教師たちは徐々に狂気に陥り憔悴していくのですが、もしかしたらその苛酷な環境が演技をよりリアルにしていたのかも…。

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病んでる教師谷野。物語が進むにつれ、どんどんやつれていくのです…。

 

 あと、監督がインタビューで影響を受けた映画について聞かれて、

ビデオ屋に行って映画をあさるように観ているうちに、ヒッチコックからデ・パルマになり、そこからトビー・フーパーになり、どんどんスプラッタホラーにまで入っていって「なんじゃこりゃ!」みたいな世界が簡単に観られる時代だったので、そこで影響を受けた部分は強いですよね。

fjmovie|『狂覗(きょうし)』藤井秀剛監督インタビュー

と話していて、「なるほどな!」 と思いました。社会派的なメッセージもありつつなおかつエンタメ感もちゃんとある。非常に見応えのある作品でした。

 

 ご興味ありましたら是非〜

 

 

 

以下ネタバレ。

 

 

 

 

教師と生徒、支配と被支配、逆転する善悪

 教師5人による荷物検査が進むにつれ、万田という一人の生徒の異常性が明らかとなっていきます。以前に女子生徒を執拗ないじめ(言葉の暴力)で精神科送りにし、異様な絵を描き、教師と肉体関係まで持っているという、悪魔のような生徒・万田…。

 しかし、容姿端麗で学年一の秀才である彼女を、担任の片山は擁護し、いじめの存在を否定し続けます。

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プライドの高そうな片山センセ。こんな先生いたな〜

 

 けれども、片山は授業をボイコットされており、このクラスは完全に学級崩壊していることが判明。しかも万田主導でいじめが行われている痕跡も発見されます。万田から援助交際の写真を撮られた教師の菅、いじめの責任を取らされたくない片山が保身に走り、荷物検査はますます混迷を極めて行きます。

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シャクレ言われる菅先生。演じている桂弘さんは実際にはシャクレていないらしいです。

  一方、教え子を自殺させてしまった過去を持つ谷野は、荷物検査の最中も良心の呵責から度々幻覚に襲われます(こんなメンタルだと教師なんて向いてないとも思うけど…)。けれど実は、その教え子の死亡はいじめによる自殺ではなく、本当は同僚教師による過失事故(屋上でもみ合った際に転落した)で、谷野は率先してそれを隠蔽したことを告白。嘘をついた罪悪感から、生徒に断罪される幻覚を見ていたのです。

 また、実際にいじめを受けていたのは実は万田の方だったこともわかっていきます…。 

 

 わたしがこの映画で面白いなと思ったのは、「いい奴だと思っていた奴が実は悪い奴だった」(その逆も) を二重三重にやっている点です。谷野先生は最初から善人として描かれてはいませんが(勤め先の工場の上司を強請ってたし)、生徒のいない荷物検査に対して難色を示していたことから倫理感のある人物のように描かれます。しかし、谷野は「たかが生徒」と事実を隠蔽する人間だったわけですから(現在は後悔しているとはいえ)、彼を擁護することはできません。

 また、異常な生徒と言われていた万田が、実際にはいじめられる側だった…という「いじめていた側がいじめられる」という反転は、わたしも学生時代に何度も見聞きしたよくある構図です。

 学校という閉鎖空間の中では、善悪も、支配と被支配も、簡単に入れ替わるということなのかもしれません。

  

 

大人は潜在的に子どもが怖い

 そして、もう間もなく体育の授業が終わり、生徒たちが教室に戻ってくるという段になって、なんと、万田が実はずっと掃除用具入れに閉じ込められていたことがわかります。彼女は、教師たちの卑劣な行為(秘密裏の荷物検査)も、保身と欺瞞も、全てそこから「覗いていた」のです。

 その事実に戦慄する教師たち。万田は掃除用具入れの中から、呪詛の言葉を投げつけるように言います…。

「許さない…全部ぶちまけてやる!」

 その言葉に正気を失ったのは、責任者の森先生でした。

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生物教師の森先生。世渡り上手そうに見えたけど…豚の目玉の解剖も伏線だったのね〜

 戻ってきた生徒や他の教師が見ている中、驚くべき凶行に及ぶ森。これは現実か?幻覚か?答えのないままに、映画は終わります…。   

 

 さて、衝撃のラストシーンの詳細は伏せておくとして(ここまで書いておきながら 笑)、わたしが気になったのは、万田が「許さない」と言ったのは何のことだったのかということです。荷物検査?いじめの隠蔽?

 わたしはそれらも含んだ、「大人の醜さ」そのものを万田は断罪したのではないかと思いました。不法行為、保身のための事実の隠蔽、責任のなすりつけ合い…子どもには見せたくない教師(大人)の醜態を忌み嫌ったのではないか、と。「あんな大人にはならない」という拒絶。

 

 そんな彼らの「目」は、時に我々大人に恐怖を与えます。おそらく、大人は潜在的に子どもが怖いんじゃないかとわたしは思うんですよ。かつて自分も「14歳」だったはずなのに、今は彼らのことがわからない、得体が知れない、何を考えているかわからない…。けれども、かつて自分が抱えた大人への憎悪だけはなんとなく覚えていて、だからその目をしっかりと見据えることができない。自分の中に後ろめたさがあれば余計に。

 本作でも、学校が舞台の映画なのにも関わらず、生徒たちの顔がはっきりとは映しだされません。なぜならそれは、映画に登場した教師たちから見た生徒の顔だから。この映画の大人たちは誰も、彼らの目を見据えることができていないということなのでしょう。

 …とはいえ、現実社会でも「14歳」たちの目を真正面から受け止められる大人が果たしてどれだけいるでしょうか?

 わたしたち大人は常に彼らから「見られて」いるということを忘れずに、かつての自分に恥じない生き方をしていくことが、彼らの「目」に耐え得る唯一の方法なのだろうと思います。