ファンタスティック映画主婦

雑食つまみ食い系映画感想ブログ

華氏119【映画・ネタバレ感想】これは、対岸の火事ではない。★★★☆(3.6)

スポンサーリンク

f:id:minmin70:20181029113606j:image

 

 

あらすじ

誰もが彼を笑っていた。誰も本気にしなかった。彼が、「大統領」になるだなんて…。

「なぜトランプは大統領になれたのか?」ートランプ大統領誕生を予言していたマイケル・ムーアが、アメリカの暗部に切り込みながらそこに至るまでの負の現代史を紐解いていく。環境破壊、格差拡大、差別、分断。"アメリカの悪夢(ナイトメア)"がはこびるこの国に、果たして希望はあるのか?

 

 

オンライン試写で観ました。一般公開は11月2日です。(東京国際映画祭でもやってるみたい)

 

一応断っておきますが、わたしはマイケル・ムーアの映画は『ボーリング・フォー・コロンバイン』と、『華氏911』しか観たことがないので決して熱心なフォロワーという訳ではありません。言ってることややってることはどうであれ、ドキュメンタリー作家としての腕は一流だなという印象です(あと、見た目が着ぐるみみたい…でも最近は年取ってしぼんできたので、ちょっと寂しい)。

ドキュメンタリー映画で1番大事なのは、撮影のうまさや取材の仕方云々などではなく「編集力」だとわたしは思っています。つまり膨大な量の映像の中から最適なものを選択し繋ぎ合わせる能力。多少の誇張はあっても「自分の言いたいこと」を必ず伝える力。

ムーアさんはその使い方がとても確信犯的だなと思います。賛否はあるでしょうが(きっとそれも想定内なんだろうな)、本作でもニュース映像の切り取り方や終盤のヒトラーの演説とトランプさんの声を重ね合わせる演出にそれが顕著にあらわれていましたね。

 

 

まるでホラー映画のようなトランプ大統領誕生

映画の最初の方でも描かれていますが、大統領選の時に日本も世界もメディアは「ヒラリー優勢」ばかりでしたよね。当時は皆んなどこかトランプさんのことを若干バカにしてたんじゃないかと思うんだよね。実際わたしも、「こんなおかしな人を選ぶほど、アメリカ人だってバカじゃないだろ」って思ってたし。だって、キャプテンアメリカの国だぜ?

選挙の前に「トランプが当選する」って明言していたのって、確かムーアさんと、日本では木村太郎さんくらいだったと思う。

誰も本気にしてなかった、おそらく本人ですら。これが1番の悲劇だし、最凶にホラーなんですよ。見えない「民衆」が実態のない「偶像」を祀り上げるようで…。

おそらく転機はイギリスのEU離脱なんじゃないかなとわたしは思ってます。確実にあそこから世界的に風向きが変わった。あれがなかったら、多分トランプさんは大統領にはなってなかっただろうと個人的には思います。わからんけど。

 

 

トランプ氏ではなく人々に向けられた「ムーア砲」

ちなみに、日本版ポスター(絶妙にダサい)の宣伝文句に「トランプのからくり全部見せます」とありますが、本作は「トランプ大統領の隠された悪事を暴く!」とか「トランプの裏の顔が明らかに!」とか、何かトンデモナイ新事実が出てくるような、そういった類の映画ではないんですね。本作を観たとしても、トランプ大統領のイメージは大して変わりません。(わたしはそうだった)

じゃあ実際映画では何が描かれているのかと言うと、ムーア監督の故郷であるミシガン州フリント市で起きた「犯罪級の」水質汚染、労働者(とりわけ教職員たち)の低賃金問題とそのストライキ運動、医療保険問題、銃乱射事件と銃規制の問題などの、アメリカが抱える闇(病み)。扱うテーマはこれまでのムーア監督の集大成といったところで、一件すると「あれ?トランプさんどこ行った?」ってなるんです。…でも、ムーアさんはやっぱりうまい。ちゃんとトランプ大統領に繋がるんですよねぇ。

フリント市に満を持してトランプさんが現れるシーンは、さながらローグワンのダースベイダーですよ。背筋がヒヤッとしました。

 

そんなアメリカの闇を描きながら監督は、「で、どうする?」と我々に問いかけます。

別のバージョンのポスターで「マイケル・ムーア砲、トランプ直撃」とか書いてありますが、ムーアさんの砲身はトランプさんじゃなくて、国民に向けられているんですよ。

本作はトランプ氏に対するネガティブキャンペーンではなく、観た人たちに自分が武器を持っていることを今一度知らしめようとするための映画だったのではないのでしょうか。

絶望的な状況ばかりを映し出す映画の中で唯一、既存の民主党のやり方を批判し自発的に立ち上がった人々や、銃社会に反対し声を上げた若者たちに希望を感じますが、しかしそれだけでは何も変わらない。自分たちの武器を使わなくては。

人々が持つ最大の武器。それは選挙権です。

 

 

「民が黙れば民主主義は消える」

実際、2016年の大統領選で投票しなかった人、つまり棄権した人は、トランプ氏の6300票、ヒラリー氏の6600万票よりも遥かに多い1億人以上もいたと言われています(ちなみに得票数の多いヒラリーさんの方が落選したのは、アメリカには選挙人制度という化石のような制度があるから)。

では、彼らの「民意」はどこへ消えたのでしょう?

 

実はこの映画で言う「からくり」というのはこの、民主主義の名の下に行われる「選挙のからくり」そのものなのです。一番の多数派の声はどこにも汲み上げられず、一部の少数派の声が「民意」として取り上げられる。

そしてそれこそが独裁化のはじまりだ、と映画の中で歴史学者は警鐘を鳴らします。

「民主主義は民の声でできている。民が黙れば民主主義は消える」

「独裁者が成功するのは、膨大な数の民衆がうんざりし、あきらめた時だけだ」

「自分が声を上げたところで何も変わらない」「どうせ結果は同じ」…あれ、ちょっと待ってよ。これ、どこかで聞いたことある話じゃない?

 

この映画を観ていて一番恐ろしかったのは、「これはアメリカだけの話ではない」と気づいた時です。放置され続ける犯罪級の環境破壊、労働者の待遇悪化に反比例して行われる大企業への優遇、広がる格差、過激化する差別、横行するフェイクニュース、多数派の民意が黙殺される政治、長期政権を狙う国のトップ…。

これ、世界中のいろんな国で起きている問題と同じじゃない?もちろん日本も例外ではない。

そう、ムーア砲は「わたしたち」にも向けられていたのです。ちょっと射程範囲広すぎるよ、ムーア砲…。

 

 

と、言うわけでアメリカのことを描いていますが、日本人でも考えさせられるところの多い映画でした。

フリント市の惨状には日本のある地方の姿とも重なって胸が痛みましたね。一方で銃乱射事件の生存者の女子生徒が銃規制を訴える姿や、従来の民主党のやり方を批判する若者たちが行動を起こす姿にはこの国の(そして世界の)未来を見た気がしました。

30過ぎて子ども生んでから「主役」の座から降りた気分でいましたが、子どもや若い人たちのために、むしろ自分たちが危機感を持って行動しなくてはいけないよなぁ、と改めて感じました。ありがとうムーア砲。

 

そうそう、フリント市に市民と抗議しに行ったムーアさんを見た時のお役人たちの会話が面白かったです。

「武器は持ってないんだろう?」

「マイケル・ムーアがいます!」

武器≒マイケル・ムーア…笑笑

 

 

 

作品情報
  • 監督  マイケル・ムーア
  • 製作総指揮  バーゼル・ハムダン、ティア・レッシン
  • 脚本  マイケル・ムーア
  • 製作年  2018年
  • 製作国・地域  アメリカ
  • 原題  FAHRENHEIT 11/9
  • 映画『華氏119』公式サイト